『――さらば神知らぬ人の子よ!』

光を喰らい尽くした恐ろしい黒き太陽のもと、炎神イフリートがその腕を大地に叩きつける。その瞬間、周囲から炎が噴き上がり、炎神イフリートと己を取り囲む。――それはさながら、コロセウムのようであった。神聖な決闘が今始まらん、と言わんばかりの灼熱の空気に、背筋が震える。

こちらを見据える炎神イフリートが、今一度、猛き咆哮を発する。煌々と輝く口内から噴き出す炎が空気を舐め取るように揺らめき、見上げる程に大きなその黒き体躯を鮮やかに染め上げる。

――感じたことのない、大気を震わすような威圧感に恐怖を覚えた。

私はただ、一人の冒険者として、人々が幸せに暮らす手助けをしたかった。母の眠る地が、荒らされないようにしたかった。ただ、それだけだった。……こんな、人智を超えた強大な相手と相対するなど、思ってもみなかった。

――それでも、如何に強大な相手でも、戦って、討ち倒さなければならない。

テンパードにされた不滅隊の人達の、呻くような祈り声が聞こえてくる。

(……あんな風に、人の心を簡単に捻じ曲げられる蛮神を、野放しにしてはおけない。魂が燃やされる人を、増やしてはいけない…!)

震える手足を叱咤し、武器を構える。

私の葛藤を薄ら笑うようにこちらを見据える炎神は、強き者が弱き者の一撃を受け止めることは当然とでも言うように、ジッと待ち構えている。

覚悟を決め、一歩踏み出そうとしたその時――視界の端に、青白い光の粒子が映り込んだ。

(――な、なに…?)

困惑する間に、光の粒子はぶわりとその数を増やしていく。それはあっという間に私の周囲を取り囲むと、今度は3つの塊に収束し始めた。

目前の炎神の様子を伺うも、先と変わらずこちらを見据えたまま、この異常な光景に気がついた様子もない。光の粒子は悪いものではないと勘が告げているが、いったいどうすれば――

――そう考えていると、ポンと、引き留めるように右肩を叩かれる感触があった。

(えっ……?)

見やるとそこには、光の粒子が人の形を形作っており――色付くように、一人のヴィエラ族の女性が現れていた。

彼女は一瞬、視線をこちらに向けてフッと笑うと、すぐに眼前の炎神イフリートへと挑戦的な笑みを浮かべ、颯爽と駆け出していく。

彼女は鮮やかな赤紫色の短髪と長い耳を靡かせ、己と変わらぬ大きさの両手剣を軽々と取り回す。そして――勢いのままに、炎神に痛烈な一撃を叩き込んだ。手足を包む黒き衣からは未だ光の粒子が立ち上っており、その姿はまるで、ひとつの彗星のようであった。

――さらに左からも、ひとつの光が飛び出す。