——雨が、降っている。

クソッタレだ。家の無い孤児——つまりアタシにとって、雨は天敵だ。黒衣森という深い森であっても、安全に雨風を凌げる場所はそう多くない。故に、このボロっちいマントを体に巻きつけて雨をやり過ごそうにも、体の芯までずぶ濡れになる日の方が多い。

(——体が丈夫じゃなきゃ、野垂れ死んでるね。)

一年ほど前に親が密猟の罪で取っ捕まってからは、一処にねぐらを持つことをせず、この身一つでここまで生き抜いてきた。森の恵みで生かされてきたと自負しているアタシにとって、密猟者の仲間だと思われるなんて、死んでもごめんだった。

(まあ、街のヤツらにとって、アタシもアイツら密猟者も変わんないんだろーけどね。)

——現に、ここ1ヶ月ほど、誰かがアタシのことを探っているようなのだ。初めは密猟者どもかとも思ったが、痕跡は昼間にばかり増えていたから、街のヤツらだと分かった。密猟者は夜に動くヤツらばかりなのだ。

(——あぁ、"外"に行きたいなぁ……)

森に生かされていることを理解しているが故に、森の外へ行くことはない。しかし、取っ捕まって殺されるくらいなら"外"を一目見てみたい。心から湧き出る想いに蓋をすることもできず、泣き続ける空を睨みつけることしかできなかった——

◆ ◆ ◆ ◆

——集落を出てから、50年ほどが経った。

もう、そんな年月が経ったのかと、ここまでの道程を振り返る。

初めはエガートの商隊のもとで、森の外の常識を学んでいった。ついでに商売に関する知識も叩き込まれたのだが、傭兵として旅をするようになった今、とても役立っており、今更ながらに心から感謝している。

そうして5年ほどはエガートと共に行商をして回っていたのだが、私がついて行かなかった折に商隊がモンスターに襲われ、エガートが片足を失う大怪我をした。彼の命に別状はなかったが、膝下が義足になっては歩行もままならず、行商は他の者に任せることを余儀なくされた。

エガートが街に居着くようになったこの機会に、私は傭兵として働き始めた。エガートも、その妻のトーネも、ずっと家に居て良いと言ってくれたのだが、いつまでも甘え続けるわけにはいかなかった。私の寿命は、彼らの3倍ほどもあるのだから。

そうして10年ほどはその街を中心に活動していたのだが、エガートの息子ガウトゥールが結婚するのを機に、旅に出ることにした。血の繋がらない女である私がガウトゥールの近くにいることを、ガウトゥールの妻が酷く気に病んでいたからだ。私とガウトゥールにその気は無くとも、傍から見ればそんなことは分からない。私はエガートらに10年は帰らないことを伝え、旅に出た。

——今生の別れになるかもしれないが、それはこの地に留まる理由になりはしない。なぜなら、人生とは出会いと別れを繰り返すものだと、私はエガートに学んだからだ。

私はダルマスカを後にし、東のドマへ向かった。色々とあって、ひんがしの国まで行って忍びの技を学ぶことになり、15年ほどその地に滞在したが、後悔はない。弓を主力とする私には、必要な技術だった。

ダルマスカ王国へと戻った頃には、やはりエガートは亡くなっていた。だが、トーネには会えた。長旅の間にあった出来事を語り合い、旧情を温めた。そして今度こそ今生の別れをして、次は西へ——ダルマスカ王国が誇る臨海都市バルナインから、かの商業都市国家ラザハンへと向かった。

ラザハンを取り巻く環境は、海を渡った先にあるにも関わらず、故郷ゴルモア大密林を思わせるものだった。見覚えのある大樹が立ち並ぶ姿には、本当に驚いた。——もっとも、混沌とした環境のため、生息する生物はまるで異なっていたが。

そうして10年ほどラザハンに滞在した。ラザハンの商人と共に東方の地へ赴き、商談を成立させる日々は、己の来歴が生かされていることを実感した。世界を見て回った後は、この地で余生を過ごすのも良いと思った。